
ドラマや映画、舞台と現在も活動している山崎努さん。
必殺仕事人のイメージがありますが、映画ではどんな作品に出演しているのでしょうか。
第一線で活躍していますが、若い頃の姿も気になりますよね?
そんな山崎努さんの若い頃の画像や事務所情報、出演映画について紹介していきたいと思います。
山崎努の事務所とプロフィール
- 生年月日:1936年12月2日
- 出身地:千葉県
- 職業:俳優・ナレーター
- 身長:174㎝
- 血液型:A型
山崎努さんの父親は染め物の職人をしていましたが、10歳の時に亡くなり、高校時代はアルバイトを掛け持ちしながら学校へ通っています。
通いながら家族を助ける為に働く山崎努さん、素敵ですね!
同じ立場で考えると、何処かで挫けそうになるかもしれません。
高校を卒業後、俳優座の養成所に入り、その後1959年に文学座に入団。
翌年1960年に映画「大学の山賊たち」でデビューを果たし、劇団雲に参加後、分裂しフリーとして活動しています。
芥川比呂志さん演じる舞台「ハムレット」を観覧した影響で、俳優を志したそうです。
小さい頃は人前に出るのが苦手だった山崎努さんですが、自身を見てもらう職業に就きたいと思うのは凄い衝撃だったのでしょう。
養成所に通っていた頃は、アルバイトをしながら勉強をしており、
文学座や劇団雲への参加も芥川比呂志さんに誘われた背景がありました。
事務所は「遊人社」という芸能プロダクション事務所に所属しています。
山崎努の若い頃の画像
渋かっこいい印象がある山崎努さんですが、若い頃の画像を見るとハンサムですね!
大河ドラマでは1972年の「新・平家物語」では、平時忠役で出演していました。
キリっとしていて、格好がとても様になってますね♪
男性ファンも多く、山崎努さんの代表作とも言える「必殺仕事人」の姿が人気です。
1973年に「念仏の鉄」役で出演し、今でも鉄のイメージは山崎努さんという方が多いと思います。
同じ役をすると飽きてしまうので演じたくなかった山崎努さんですが、
スタッフの説得によって1977年「新・必殺仕事人」に出演しました。
骨接ぎの技術を使った「骨外し」は、見ていて痺れますね♪
尖っていた性格も、回を重ねるごとに丸くなっていって素敵な一面が見れました。
山崎努の出演映画
数々の映画に出演している山崎努さんですが、1960年「大学の山賊たち」で映画デビューしました。
その後、1963年に黒澤明監督が手掛ける「天国と地獄」に犯人役として出演し、この映画で注目を浴びるようになります。
エド・マクベインさん原作の作品であり、この推理映画をきっかけに刑法が改正されるまでの影響を及ぼしました。
入団後にすぐ映画デビューというのは凄いですね!
演技力もですが、若い頃の画像を見ますとオーラがあって納得します。
当時の誘拐罪の軽さに対して憤りを感じ、この作品を出したという黒澤明監督。
実際に法を変えさせてしまう影響力は凄いとしか言いようがありません。
1977年の「八つ墓村」では多治見久弥と多治見要蔵の2役を演じており、金田一耕助シリーズの作品になります。
横溝正史さん原作の内容と比べてホラー要素が強く、落ち武者の祟りに重きを置いている異色作品です。
見たら頭から離れないほどの、鬼気迫る山崎努さんの演技に圧倒されます。
原作とはまた違った作風なので、二度楽しめますね。
他にも黒澤明監督作品「影武者」に出演し、キネマ旬報報知映画賞助演男優賞を受賞しました。
1984年「お葬式」では主人公・井上侘助役で出演しています。
伊丹十三監督の初監督作品であり、その後も連続で監督の作品に起用されるようになりました。
現在ではお葬式を題材にした作品が多いですが、当時は厳粛であった事もあり、この作品で初めて使われました。
初めての葬式に悪戦苦闘する家族をコミカルに描かれた作品です。
山崎努さんは粛々とした姿がとても合っていてかっこいいですね。
シーンによっては思わず笑ってしまう所もあり、大変見どころ満載な映画だと思います。
まとめ
山崎努さんの若い頃の画像や事務所、出演映画はいかがでしたでしょうか?
舞台や映画の他にも、CMやラジオにも出演されておりマルチに活動しています。
若い頃の山崎努さんはとてもかっこよくて素敵ですね。
煙草が似合う男性ってイメージもあって、すごくシビレます♪
一度演じたら次は無いという事もあって、ドラマや映画作品はとても貴重に思いました。
苦学生でありながらも懸命に勉強をして、名優と呼ばれる存在になった山崎努さんはとても尊敬します。
これからも第一線で活躍している山崎努さんを応援していきたいと思います。