うつみ宮土理の若い頃から現在まで!画像で振り返る

今現在もバラエティー番組などを中心に芸能界で活躍しているうつみ宮土理さん。

 

彼女が芸能界にデビューした時は、一体どういった活躍をしていたのでしょうか。

 

また女優として、ドラマに出演していた過去もあります。

 

今回はそんなうつみ宮土理さんの現在までの活躍を若い頃の画像を中心に載せ、まとめていきたいと思います。

 

さらに愛川欽也さんとの出会いに関しても触れていきますね。

 

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若い頃の画像で紹介、「ロンパールーム」のお姉さんとは!

 

  • 本名:井川三重子
  • 生年月日:1943年10月1日
  • 出身地:東京都世田谷区

うつみ宮土理さんは若い頃一体どんな人でどういう事で活躍されていたのでしょう。

 

ここではうつみ宮土理さんの経歴を調べてみます。

 

若い頃、非常に優等生だったうつみ宮土理さんは実践女子学園中学、同高校、そして同大学へと進みます。

 

そして卒業するのですがなんとこの大学、首席で卒業したんです、すごいですよね!

 

元々大学を卒業してからは、朝日新聞社の「ディスイズジャパン」編集部に勤務をしており、その勤務を経てタレントになりました。

 

1966年にタレントデビューしたうつみ宮土理さんの初仕事は、「ロンパールーム」という番組でした。

 

えっ?「ロンパールーム」ってなに?って思いますよね。

 

実はこの番組は当時幼児向けの内容になっている人気番組で「教育、遊び、おやつ、絵本」という流れの構成にっていました。

 

うつみ宮土理さんはその番組内の司会進行のお姉さん役として出演することになったのです。

 

司会のお姉さん役は「先生」と呼ばれており、うつみ宮土理さんは二代目のお姉さんでした。

 

子ども達からも「みどり先生」という名前が定着しました。

 

(余談ですがみどり先生があまりにも定着したため3代目以降もお姉さんはみんなみどり先生とよばれるようになったとのことです!)

 

またこのお姉さん役のうつみ宮土理さんは他の愛称で「ケロンパ」と名づけられたそうです。

 

その理由というのが、純粋なイメージのお姉さんが子ども達から無邪気な発言などにも動じずに

いつもけろっと明るく受け流していたことから「ロンパールーム」「ケロっとしている」から「ケロンパ」と名付けられました。

 

なるほど、「ケロンパ」という愛称で呼ばれたこと非常に納得してしまいますね。

 

この「ロンパールーム」はうつみ宮土理さんにとって出世作となるのです。

 

当時の「ロンパールーム」に出演していた時のうつみ宮土理さんの画像をご覧ください。

 

すごく若くて爽やかですよね、お姉さん役にぴったりな気がします。

 

画像で紹介。若い頃の女優うつみ宮土理の活躍とは!

 

「ロンパールーム」でデビューしたうつみ宮土理さんは、その後バラエティーはもちろん

女優として主にドラマに出演していました。

 

もちろん今現在も活躍中です。

 

その中でシリーズの中で4話も主演した実績があるのが今でも愛されている長寿ドラマ「水戸黄門」です。

 

当時「水戸黄門」に出演していたうつみ宮土理さんの画像を載せていますが、いかがですか?

 

非常に着物が似合っていますよね。

 

この作品のほかに「剣客商売」「江戸の用心棒」など数々の時代劇にも出演していますが、

当時を振り返りうつみ宮土理さんは、時代劇でかぶるかつらはこめかみは痛くなるし重く大変、

また時代劇独特の長セリフを覚えるのは大変で苦労したそうです。

 

ただ大学を首席で卒業されたうつみ宮土理さん、撮影には常に真剣に挑んでおり苦労はあったんですが

まったく撮影時にNGを出さず完璧なお芝居をしていました。

 

また時代劇以外でもドラマに出演されていますが、その中で私が今でも印象に残っているドラマがあります。

 

それが2012年にフジテレビで昼ドラとして放送されていたドラマです。

 

この作品は、現代っ子で甘やかされながら育ってきた幼い兄妹が戦争時代にタイムスリップしてしまい、

その逆境に耐え過去の時代を息抜き精神的に成長するストーリーでした。

 

その幼い兄妹は働くことを条件に旅館に拾われるのですがうつみ宮土理さんが演じたのは、そこの女将役でした。

 

旅館の人たちは非常に厳しく、兄妹も常に冷たくあしらわれる事が多かった中、この女将だけは厳く接する事もあるけれど

親切に優しく接する事も多く、兄妹は困った時などこの女将がいつも頼れる存在でした。

 

ストーリーでは、女将は主人公たちが未来からタイムスリップしてきた事を信じるのですが、

その後すぐにがけから転落しその際の傷口から病気になり亡くなってしまいます。

 

当時私もリアルタイムでみていましたが、このうつみ宮土理さんの演技には本当に感銘をうけました。

 

非常に柔らかい物言いで演技にも迫力があり、まるで目の前で繰り広げられている話なのではと錯覚してしまうほどでした。

 

残念ながら、当時の視聴率は昼の時間帯だからかそんなに高いものではなかったのですが、私はこの作品が当時大好きでした。

 

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うつみ宮土理さんと愛川欽也さん・・結婚するきっかけとは?

 

愛川欽也さんとの出会いは、「きんきんケロンパ歌謡曲」という番組でコンビをくみ共演することがきっかけでした。

 

この番組、愛川欽也さんが質問したりするとあまり物を知らなかったうつみ宮土理さんから

とんちんかんな答えが返ってくる事が話題となりボケとツッコミのコンビネーションが出来上がっていったそうです。

 

この番組のタイトルにもなったケロンパという愛称は「ロンパールーム」卒業後も親しまれていたんですね!

 

その番組共演がきっかけとなり急接近し結婚をすることになりました。

 

愛川欽也さんはうつみ宮土理さんと付き合っていた当時既に既婚者でした。

 

うつみ宮土理さんとは1978年11月に入籍したのですが、その入籍した前日が前妻と離婚成立した日だったそうで

当時世間では複雑な恋愛?という風に騒がれていました。

 

ただ結婚してからは愛川欽也さんの方が女性関係などで問題もあったそうなんですけど特に離婚などの問題に発展することはなかったそうです。

 

そして2005年いい夫婦の日(11月22日)に、1999年より著名人の夫婦が選ばれている

「パートナーオブザイヤー」に愛川欽也さん、うつみ宮土理さん夫妻が選ばれました。

 

ただ、この愛川欽也さんは残念ながら2015年4月に肺がんで亡くなってしまいました。

 

愛する夫を亡くしたショックが大きすぎて当面芸能活動などを中止していましたが2016年よりまた活動を再会しております。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか。

 

大学を首席で卒業、その才能を十分に発揮し若い頃から子ども番組やバラエティー番組、ドラマにと大活躍してこられたんですね。

 

若い頃の画像をみると本当に笑顔が素敵で、みている人を幸せにしてくれえうような表情をしていますよね。

 

子ども番組のお姉さんに選ばれたのも納得してしまいます。

 

また私生活では愛川欽也さんとの結婚生活もありましたね。

 

今現在はその愛川欽也さんの死を乗り越え、また芸能界で活躍しております。

 

今後も体には十分に気を付けて、まだまだうつみ宮土理さんケロンパスマイルで頑張っていってほしいです。

 

これからもうつみ宮土理さんの活躍からまだまだ目が離せませんね。

 

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