出典:スマイル アフリカ ニュース

現役時代「Qちゃん」という愛称で人気者であった高橋尚子さん。

 

今現在は、タレントとしてCMやテレビなどで活躍されていますよね。

 

そんな高橋尚子さんは、若い頃の現役時代から現在まで一体どういった活躍をしてきたのでしょうか。

 

現役時代、バッシングにあったことも?真相にもせまってみます。

 

今回は若い頃の画像を中心に高橋尚子さんの陸上人生を振り返っていきたいと思います。

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教師を目指していた10代

 

  • 本名:高橋尚子
  • 生年月日:1972年5月6日
  • 出身地:岐阜県

父親も母親も教育現場で働いている両親の元に二人兄妹の妹として生まれた高橋尚子さん。

 

陸上に目覚めたのは中学生時代までさかのぼります。

 

中学、高校の陸上部では800m選手として活躍しておりなんとその実力はすごく、県大会で岐阜県1位という実績もあったんですよ。

 

そのあと全国インターハイに岐阜県代表で出場しますがなんと予選で敗退しています。

 

高橋尚子さんにとっても全国優勝の壁は当時ハードルが高かったんですね。

 

さらに800m選手でありながら、高校2年生で全国都道府県対抗女子駅伝の選手として選ばれ出場も経験しました。

 

しかしながらこの時も区間順位は47位中の45位で終わります。

 

大学生時代も陸上選手として活動しており、日本学生種目別選手権という大会の1500m選手として出場、見事優勝を果たしました。

 

しかも当時の高橋尚子さんは当時在住していた関西のインカレでも中距離2種目で優勝し、女子最優秀選手にも選出された実績もあります。

 

中学生ではじめた陸上は大学時代にはほぼ優勝を収めるような優秀な陸上選手にとなりあがっていきました。

 

若い頃の高橋尚子さんの画像を載せておりますがいかがでしょうか?

 

当時髪の毛が長かったんですね、すごく新鮮ですよね。

小出監督との出会い、陸上選手の道へ

 

大学在学中、高橋尚子さんは陸上選手ではなく教師を目指しており地元岐阜県の高校で教育実習をうけていました。

 

しかし、教師を目指しているうちに陸上も続けたいという気持ちが強くなってきたのです。

 

しかも、当時陸上の実力は非常に強く多数の実業団からも勧誘が来ていました。

 

高橋尚子さんは進路の事で、非常に当時悩んでいたと話します。

 

しかし、もし陸上をするのであれば今勧誘がきている企業ではなく、当時憧れてい小出義雄監督が率いるリクルートに入りたいと思いました。

 

高校時代の監督が助言、背中を押してくれて高橋尚子さんは陸上する事を決意しました!

 

そしてリクルートの門を叩いたのです。

 

しかし、大卒を採用してないリクルートは一度は高橋尚子さんの採用を断りました。

 

しかしながら、それでも高橋尚子さんは諦めずに再度お願いします。

 

そんな熱意が届き契約社員とい条件ではあるがリクルートに入社できたのです。

 

リクルートに入社1年目で駅伝メンバー入りを果たすことができた高橋尚子さん、1977年には大阪国際マラソンに初出場しました。

 

当時、高橋尚子さんは各メディアに「有森2世」でリクルートの一押し選手として紹介されていました。

 

しかし、当時の成績は7位。

 

しかもその頃、小出監督が積水化学に移籍することになり高橋尚子さんもチームメンバーと共に積水化学に移籍しました。

 

もともとは中距離ランナーをめざしていた高橋尚子さんですが、チームメンバーがマラソンで活躍しているのをみて、

本格的にマラソンランナーとして進んでいくことにしました。

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いよいよオリンピック出場へ

 

数々のマラソン大会にて優勝をはじめとする好成績を収めていった陸上選手現役時代。

 

シドニーオリンピック女子マラソンの金メダルの最有力候補として世界から注目をあつめるくらいに実力をつけていっていました。

 

しかしなんと世界陸上の女子マラソンの代表として選ばれていたのですが、レース直前に左ひざを痛めてしい欠場、

その後も左腕を骨折、また食あたりにて入院などアクシデントが続いてしまいました。

 

しかし高橋尚子さん、ここからがすごかったんです。

 

2000年の五輪最終選考会である国際女子マラソンに体調は万全ではなかったのですが出場し、なんと大会新記録をだし優勝したのです。

 

このことによりアクシデントが続いた高橋尚子さんは見事シドニー五輪代表としてのチケット獲得したんですよ!

 

さて、いよいよオリンピック出場へ。

 

高橋尚子さんは18キロを過ぎた地点から、常にレースを引っ張るような走りをみせ、トラックに入り2位で走っていた

シモンさんに追い上げを受けるも、見事に逃げ切って日本陸上界の悲願の優勝でゴールテープを切ったのです。

 

私も当時テレビを通して見守っていましたが、あの瞬間鳥肌が立ったことを今で鮮明に覚えています。

 

日本の高橋尚子ではなく世界の高橋尚子になったんですよ、すごすぎますよね。

 

高橋尚子さんの優勝ゴールは、陸上界において史上初だったんですから。

 

この事により高橋尚子さんは「Qちゃん」という愛称で知られ、さらにはこの功績で国民栄誉賞にまで選ばれました。

 

シドニーオリンピック現役時代の高橋尚子さんの画像をご覧ください、何度みても感動する画像です!

バッシング?そして引退へ!

 

シドニーオリンピック後も高橋尚子さんは陸上選手として活躍していくのですが、このシドニーオリンピックでバッシングを受けたんです。

 

このバッシングというのは一体なんだったのでしょうか。

 

実は高橋尚子さんは走っている最中にサングラスを投げたんです、これがバッシングの原因だったのです。

 

「スポンサーからせっかくもらったサングラスなのに簡単に投げるなんて!」またそんな高橋さんの投げるシーンをみた子ども達が

眼鏡をかけている子の眼鏡を面白半分に投げるといういじめのような事が起きた事で当時非常にバッシングがあったんです。

 

しかし高橋尚子さんはサングラスが邪魔だったから投げ捨てたのではなく、

「ゴールする時は応援してくださってるたくさんの人へ礼儀として顔をみせなさい!」という監督の指示によるものだったのです。

 

なので監督も高橋尚子さんもまさかこの事がバッシングにつながるなんて夢にも思っていなかったそうです。

 

ただそれから高橋尚子さんはマラソン現役選手として活躍していく中、サングラスを投げることは二度とありませんでした。

 

そのあともマラソン選手として様々な場所で活躍していった高橋尚子さんですが、年を重ねるごとに自分の走りに

限界がきだしたことを実感して2008年10月の記者会見にて現役からの引退を表明しました。

 

記者会見は1時間に及んだそうですが、高橋尚子さんは非常ににこやかでした。

 

そして終わると同時に報道陣から拍手を受け最後には涙を浮かべていました。

 

現役時代、様々な苦労を乗り越えて現役選手として最後まで走り続けてきた高橋尚子さんの引退は世界でも

衝撃を受けたと思いますが、本当に頑張っていましたもんね。

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まとめ

 

いかがでしたでしょうか。

 

画像でも分かるように、現役時代「Qちゃんスマイル」は応援している人を笑顔にしてきましたよね。

 

本当に若い頃から高橋尚子さんの活躍ぶりはすごかったです。

 

バッシングもありましたがそれを振り切って頑張ってきたんですよね!

 

現在は日本陸上競技連盟の理事やスポーツキャスター、そしてマラソン解説者、大学教授、タレントなど様々な場所で今もなお大活躍中の高橋尚子さん。

 

今後も様々な分野で活躍していってほしいですね!

 

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