
俳優として数々の作品に出演されている黒沢年雄さん。
ダンディなおじさまというイメージがありますが、若い頃はどのような感じだったのでしょうか?
現在の姿しか知らないという人も多いかもしれませんね。
黒沢年雄さんのプロフィールと若い頃の画像、現在の活動とトレードマークの帽子についても触れていきます。
黒沢年雄のプロフィール
- 誕生日:1944年2月4日
- 職業:俳優、歌手、タレント
- 出身:神奈川県横浜市西区
- 本名: 黒沢年男
- 身長:175m
- 所属事務所:プロダクション・クロ
- 配偶者:街田リーヌ(ファッションモデル)
- 子ども:黒沢レイラ(元女優)
黒沢年雄さんは神奈川県横浜市西区出身。
「有名になってお金持ちになりたい!」という理由から俳優を志すようになります。
そして第4期東宝ニューフェイスとして「ひばり・チエミ・いづみ 三人よれば」で1964年に映画デビューします。
その後も当方の映画に数多く出演し、テレビドラマにも出演するようになります。
特に7シリーズ続いた「ザ・ハングマン」に出演したことで知名度がアップしました。
映画の出演は1980年代までが多かったですが、ドラマにはその後も数多く出演されています。
「日本沈没」「影同心II」、「大空港」、「爆走! ドーベルマン刑事」、「いつもふたりで」、「ホームドラマ!」などが代表作です。
昔は歌手としても活動していて、1966年に「僕の恋人どこにいる」でデビューします。
独特の低音ボイスが人気でした。
「時には娼婦のように」は特に大ヒットしました。同名の映画もありますが、映画には黒沢年雄さんは出演されていません。
じつは「3年目の浮気」を歌う依頼もあったんです。
ですが、黒沢年雄さんのイメージとは違ったため辞退。
バンド活動をしていた弟のくろさわ博(ヒロシ&キーボー)さんが歌うことになったのです。
そんな過去があったとはびっくりですねー。
1990年代に入ってからはトーク番組にも出演するようになります。
「踊るさんま御殿」などで人気になりました。
1992年に大腸がん、2008年に膀胱がん、2015年に白内障の手術を受けています。
本名は「黒沢年男」で「お」の字が違います。
元々は黒沢年男の名前で活動していましたが2000年に改名しています。
黒沢年雄の若い頃の画像
黒沢年雄さんの若い頃の画像を見ると、今とは結構イメージが違いますね。
ですがニヒルでダンディというのは今も昔も変わりません。このまま素敵に年を重ねていくのでしょうね!
黒沢年雄の現在の活動
そんな黒沢年雄さんですが、映画は2017年、ドラマは2015年を最後に出演されていません。
現在は何をしているのか気になりますよね。
今でももちろん役者を引退したわけではありませんが、現在は闘病活動に関する講演会などを行うこともあります。
また、アメブロもやられていて更新されているのでチェックしてみてください。
帽子のプロデュースも!
黒沢年雄さんといえば、トレードマークは帽子ですよね。
大腸がんが発覚したときに、髪の毛を短く切り、無精ひげをはやし、ニット帽をかぶるというスタイルが確立しました。
「このままでは自分の存在が薄くなって忘れ去られてしまうのではないか」という思いでイメチェンされたそうです。
今ではすっかりこのスタイルが黒沢年雄さんという感じですよね。
元々はファッションモデルであった妻が持っていたピエールカルダンのニット帽でした。
色々な帽子をかぶり、現在は帽子のプロデュースまで行っているんです!
黒沢年雄さんプロデュースの帽子はシルク100%のキャップで、
黒沢年雄さんをイメージしたような帽子とメガネの刺繍がワンポイントになっています。
カラーは黒、ベージュ、紺の3色があります。
お値段も手ごろなので気になる方はゲットしてみてください。
まとめ
黒沢年雄さんのプロフィールと若い頃の画像、そして現在について見てきました。
映画やテレビで活躍されてきた黒沢年雄さん。
1990年代からはイメージチェンジをしてバラエティ番組でも活躍されています。
現在はご自身の闘病の体験に関する講演を開いたり、帽子をプロデュースするなどの活動をされています。
今後も黒沢年雄さんの活躍が楽しみですね!