出典:横浜にぎわい座

桂歌丸さんといえば「笑点」というイメージが未だに強い方ですが、

落語家になるきっかけとはいったいどういうものだったんでしょうか。

 

若い頃の桂歌丸さんはかっこいいという噂も??

 

今回、その真相を探るべく、若い頃の画像をみながら桂歌丸さんの落語家の人生を振り返ってみたいと思います。

 

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若い頃の画像がかっこいい?!落語家になるまでの道のりとは!

 

  • 本名:椎名 巌
  • 生年月日:1936年8月14日
  • 出身地:神奈川県横浜市

幼少期3歳で父親を結核という病気で亡くし、姑との折り合いが悪いため、子供である桂歌丸さんをおいて、

家をでてしまった母親の代わりに、祖母に育てられたという悲しい過去がある桂歌丸さんですが、

 

実は小学4年生の時には既に将来落語家になる!ときめていたそうです。

 

よく学校の自習時間などで落語を演じており、その才能をみたからなのか、

学校の先生からも落語をやってくれないかと依頼がくるくらいの腕前の持ち主だったとのこと。

 

中学2年生の時に春風亭柳昇の落語の舞台を生で観て、そこから落語家になりたい夢が、現実なものとなり

落語家になることを決意したことが、この世界に入るきっかけとなりました。

 

桂歌丸さんは祖母の知り合いの紹介から「古今亭今輔」さんを紹介してもらい弟子入りすることにまりました。

 

ただし落語家になるためには誰の弟子に入ってもよかったいう裏話も!

 

弟子入り後は幼少期、親の職業柄遊女を間近にみて育った経験からか、女装芸などを主に披露していたそうです。

 

それにしても若い頃の桂歌丸さんの画像ですが、今と同じで細身ではあるんですが、

若いからかしゅっとして、スタイルもよく、目元もキリっとしていてかなりかっこいいですよね。

 

悪ぶった感じのかっこいいでなく、優しい穏やかな顔のかっこよさがあるのではないでしょうか。

 

当時の師匠は、桂歌丸さんに「歌舞伎の舞台をみろ!」といっていたそうです。

 

歌舞伎をみることは落語に活かせるからというのが理由で、桂歌丸さんも

「しぐさや立ち振る舞いなど非常に勉強になる!」とよく歌舞伎を見に行っていたそうです。

 

落語家 一度は歌舞伎界をやめた!?その気になる経歴とは!

 

1961年、落語の芸術協会内で勃発した序列問題と、古今亭今輔さん自身が新作の落語をする方なのに、

桂歌丸さんは古典ものばかり演じていた事が原因となり破門させられてしまいました。

 

一度は歌舞伎界を辞め、今でもよく耳にする化粧品会社「ポーラ化粧品」の営業マンに転職しました。

 

意外な過去ですよね。

 

ただ若い頃かっこよかったので、営業マンとして化粧品を売りに来たら

つい買ってしまいそうになるのではないでしょうか?

 

しかし、そこで落語とはまた別の苦労を経験し、やはり自分には落語しかない!と思い、

今度は同じ横浜出身の米丸師匠の下で落語家の世界に復活をしました。

 

先ほどの破門された時と同じ時のように桂歌丸さんはわが道をいくタイプで、結婚に関しても、

以前の師匠 古今亭今輔さんのすすめる縁談を断り、

「この人と結婚するんだ!」と近所の顔見知りの女性と結婚しました。

 

「笑点」がはじまった当時、よく「恐妻家」とネタにしていた富士子さんという方です。

 

当時21歳の若さで結婚した桂歌丸さんは、ちょうど落語家の駆け出しの時で、

10円のやりくりも非常に難しく、水道や電気を止められる事は日常茶飯事でありましたが、

その苦労の中、奥さんである富士子さんは愛想をつかすわけでもなく一緒に乗り越えていきました。

 

若い頃から、わが道をいくタイプの桂歌丸さん、誰の意見にも左右されずに生きていく姿勢は、

本当に男らしくて顔もそうですが心もかっこいいと思いませんか?

 

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「笑点」と「桂歌丸」さん

 

桂歌丸さんといえば。、「山田くーん!座布団1枚持って行って!」というセリフがお馴染みの

あの国民的番組「笑点」に出演しているイメージが、今でも強いともいますがいかがでしょうか?

 

私も小さい頃から「笑点」は大好きで、よく家族揃ってテレビの前に座り、

大笑いしながらみていたという記憶があります。(もちろん今現在も大好きな番組です)

 

桂歌丸さんは、「笑点」が始まって以来、降板するまでの間、病気療養や骨折など、

10回前後しか休演せずに出続けたというすごい実績があります。

 

「笑点」が始まった当時は、メインが先輩や人気な人物が多かったため、

桂歌丸さんはどちらかというと陰気で目立たないイメージでした。

 

なので本人も「1年くらい続けられたらいい方だろう。」と思っており、

実際に司会者が変わり、方向性も変わってきて桂歌丸を含め異を唱えるメンバーも増え、

降板にまで追い込まれたという時期もありました。

 

ただまた新しく司会者が変わることによりやり取り関係がスムーズとなり、

番組の色、桂歌丸さんの雰囲気もよくなってきたそうです。

 

その中でも人気だったのが当時の出演者の三遊亭小円遊さんとの掛け合いで、

小円遊さんが「ハゲ!!」というと歌丸さんは「おばけ!!」と言い合い、

どんどんエスカレートしていくというものでした。

 

ただ番組的には非常にウケて一気に桂歌丸さんの存在が大きくなったのですが、

「落語を怠けている。」と思い直し、きちんと落語をすることになります。

 

最後は司会者になりましたよね。

 

メンバーからいじられ、それにつっこむ桂歌丸さんは、厳しさなど全く感じさせない、

優しい愛情みたいなものがありました。

 

「笑点」が放送50周年を迎えた2016年5月22日の放送で、

司会者を勇退することを番組内で発表したことは今でも記憶に新しいです。

 

メンバーと最後にやり取りしている場面、涙がでそうになりました。

 

そして番組初の終身名誉司会者に就任することになりました。

 

桂歌丸氏の著書

 

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まとめ

 

若い頃の桂歌丸さん。いかがでしたでしょうか?

 

本当にかっこいいですし優しい表情をした青年だったということが、若い頃の画像をみて知ることができましたね。

 

「笑点」を勇退した後は、なかなかテレビでみる機会はなくなりましたが、

またぜひ、元気な姿で落語をしているところみたいですよね。

 

体には十分に気を付けて桂歌丸さんのペースでこれからも活躍しいってほしいです。

 

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