池上彰の若い頃|アナウンサーや記者時代の画像

池上彰さんといえば、今現在ジャーナリストとして各種メディアで活躍していますよね。

 

さらには東京工業大学匿名教授や、信州大学・愛知学院大学特任教授など多数の大学の教授としての顔もあるんですよ!

 

しかし、元々はNHKで社会部記者やニュースキャスターを歴任しており、記者主幹だった2005年に退社したことをきっかけに

フリーランスのジャーナリストとして活躍を開始しました。

 

今回は、今現在でも様々な場所で大活躍している池上彰さんの人生を若い頃の画像を交えながらご紹介していきす。

 

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池上彰さん、記者になったきっかけとは!

池上彰の若い頃画像

池上彰の若い頃画像

父親が銀行員という家庭に1950年8月9日長野県松本市に生まれました。

 

幼少期を東京都練馬区で育った池上彰さんは読書家でもあり、子どもの頃の愛読書は「クオレ」だったんですよ。

 

小学生の時に地方新聞記者の活躍を描いたという作品「総地方記者」と出会った事、

さらには高校時代に広島抗争を於いて暴力団と対立した中国の新聞記者を主人公として制作したドラマ「ある勇気の記者」を観た事、

この二つの出来事がきっかけになり記者を志すようになったんですよ。

 

その後、慶応義塾大学経済学部へ進学した池上彰さんなのですが、当時学園紛争の真っ只中だったんです。

 

当時テレビや新聞なのでこの学園紛争の内容が報道されていたのですが、その報道の仕方に違和感を覚えた池上彰さんは

正しい報道をしないといけないと思い、日本放送協会(NHK)へ入社を決めたんですよ。

 

入社当時の若い頃の池上彰さんの画像を載せていますがいかがですか?

 

今現在の面影もあるのですが、髪の毛が少し長めでハンサムですね!

 

NHK記者・アナウンサー時代の活躍とは!

池上彰の若い頃画像

池上彰の若い頃画像

1973年、日本放送協会(NHK)に記者として入局した池上彰さん。

 

入局当初から「初任地は小さな町がいい!」「通信部へ転勤する!」と自ら希望をたて、

その希望どおり松江放送局や広島放送局呉通信部などに勤務したんですよ。

 

記者時代の池上彰さんは検察や警察・裁判所および地方の県政・統治機構を学び、さらには呉通信部の人手不足から

カメラマンとしての役割やラジオ放送の原稿執筆なども行っていきました。

 

記者として取材にいっている時には暴力団に囲まれるという恐怖の体験をしたり、2年目からは社命により

警視庁の殺人・強盗・誘拐の専門記者になり、1980年8月の新宿西口バス放火事件、ホテルニュージャパン火災、

日本航空350便墜落事故などを取材していきました。

 

記者として活躍していた池上彰さんなのですが、1989年からアナウンサーとして原稿をよむようになり、

より一層注目を浴びるようになりました。

 

いやいやー、池上彰さん有言実行ですよね。

 

自分の希望をそのまま進み、記者として様々な経験をつんでいったんです。

 

真実をそのまま伝えたいという池上彰さんの強い思いが形となったのですね!

 

NHKの記者・アナウンサーとして活躍していた頃の池上彰さんの画像を載せております。

 

真剣な表情で原稿を読む池上彰さん、素敵ですね!

 

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ジャーナリストを目指したきっかけとは!

池上彰の若い頃画像

池上彰の若い頃画像

アナウンサー時代は、「週間子どもニュース」という番組でニュースに詳しい「お父さん」役として

子ども達に向けてニュースを伝えていたのですが、その説明が分かりやすくさらに池上彰さんの知名度がぐっと上がっていきました。

 

もともと池上彰さんはNHKでジャーナリストとしてキャリアを全うすべく解説委員になることを望んでいました。

 

しかし当時の解説委員長から「解説委員というのはある専門分野を持っていないといけないんだ。

お前は専門分野なんてないだろ!」といわれNHKでジャーナリストとして解説委員になる事を断念したんですよ。

 

そこでフリーになる事を決め、2005年3月NHKを退社した後フリーランスとしてジャーナリストに転身しました。

 

私も実際子ども時代に「週間子どもニュース」をみていました。

 

すごくわかりやすく解説していたので、本当に勉強になったのを今でも思い出します。

 

当時、お父さんとしてニュースを解説している池上彰さんの若い頃の画像をのせておりますが、

本当に誰かのお父さんみたいに優しい印象ですよね。

 

スーツではなく私服でニュースを説明するってところもいいですよね。

 

ジャーナリストとしての活躍とは!

池上彰の若い頃画像

池上彰の若い頃画像

NHKを退職した後、記者・アナウンサーの時以上に活躍の場を広げていき2005年8月6日日本テレビで放送された

「世界一受けたい授業」にて民放初出演を果たしました。

 

また「学べるニュースショー」へニュース解説者としてレギュラー出演していたのですが、

「週間子どもニュース」でアナウンサーを務めていた池上彰さんの解説は非常に分かりやすいものであり、

さらに丁寧な語り口が幅広い世代から好評を得て徐々にジャーナリストとして池上彰さんの人気度は上がっていきました。

 

この番組は2009年に終了してしまったのですが、この出来事がきっかけとなり各局で池上彰さんを解説者として

似たようなコンセプトの番組が次々に制作されていったんですよ。

 

レギュラー番組はもちろんなのですが「池上彰の選挙スペシャル」などの特番も任せられるなど

本当に今やジャーナリストとして非常に有名になっていますね!

 

まとめ

今回はジャーナリストとして大活躍中の池上彰さんについてご紹介しましたがいかがでしたでしょうか?

 

若い頃は、NHKの記者・アナウンサーとして活躍していらっしゃったのですが、当時も各方面で活躍していた事がわかりましたよね。

 

池上彰さんの解説って本当にわかりやすく、大人に対しても優しい物腰で話をしてるのをみると

本当に人間としても素敵な方だなって思います。

 

今現在は大学教授としての顔もある池上彰さん。

 

たくさんの場所でこれからもまだまだ活躍していってほしいですね!

 

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