
70歳を過ぎても女優として活躍されている浅丘ルリ子さん。今でもとってもおきれいですよね。
ですが、若い頃もとっても可愛らしかったとか!
今回は浅丘ルリ子さんのプロフィールと若い頃の画像、代表的な映画、ドラマ作品についても見ていきましょう。
浅丘ルリ子のプロフィール
- 誕生日:1940年7月2日
- 職業:女優
- 出身:満州国・新京
- 本名:浅井信子
- ニックネーム:ルリルリ
- 身長:156cm
- 事務所:カラント
- 配偶者:石坂浩二(1971年 - 2000年)
- 子供:なし
浅丘ルリ子さんは1940年に満州で4人姉妹の次女として生まれました。
父が大蔵省に勤めていて、満州に派遣されそこで母と結婚したんです。
浅丘ルリ子さんはハーフだったんですね。
1946年に一家で日本に戻り浅丘ルリ子さんが小学校3年生の時に東京神田鍛冶町に住むようになりました。
1954年の中学校在学中に、「緑はるかに」という小説の映画のヒロイン募集に応募します。
中原淳一さんが浅丘ルリ子さんを見て、強力に推薦し見事ヒロインのルリコ役に選ばれました。
1955年に映画が公開されると、瞳の大きな美少女として注目を集めます。
当時は「ルリコカット」といって髪型をマネする人も多かったんですよ。
それだけカリスマ性があったんですね。
1955年には「どんぐり日記」でドラマデビューも果たします。
ですがしばらくは映画中心に活躍されていました。
日活に所属し、看板女優として数々の映画に出演していたんですよ。
1966年に日活をやめ、石原プロに入ります。ですが1972年に石原プロを退社しています。
そして、1980年以降は舞台を中心に活躍するようになりました。
プライベートでは小林旭さんと事実婚状態だったのですが1960年ころ解消。
1971年にドラマ「2丁目3番地」で共演した石坂浩二さんと結婚します。
ですが、すぐに別居状態になりました。
別居期間は長かったのですが、2000年に正式に離婚しました。
浅丘ルリ子の若い頃の画像
今でもお美しい浅丘ルリ子さんですが、若い頃の画像を見ると本当にかわいいですね!
映画のヒロインにいきなり選ばれたのも納得のかわいさです。
きっといつまでたってもお美しいんでしょうね。
過去の出演ドラマ
浅丘ルリ子さんは1955年にドラマデビューをしていますが、
本格的にドラマに出演するようになったのは1966年に日活をやめてからです。
1966年に「真田幸村」に出演し、1968年には大河ドラマ「竜馬がゆく」に出演しました。
大河ドラマはその後も1977年の「花神」と、2017年の「おんな城主 直虎」にも出ていますよ!
その他「冬物語」、「白い滑走路」、「土曜日曜月曜」、「カムバック・ガール」、「すいか」などが代表作です。
2009年の「小公女セイラ」に出演後、しばらくテレビドラマには出演されていませんでしたが
2017年に「やすらぎの郷」、2019年に「やすらぎの刻〜道」に出演しました。
映画の代表作は?
1955年に映画デビューしてから毎年年に数本のペースで出演されていました。
特に日活アクション映画のヒロインとして有名でした。
小林旭さん主演の「ギターを持った渡り鳥」、「流れ者」、「銀座旋風児」、
石原裕次郎さん主演の「赤いハンカチ」、「夕日の丘」、「夜霧よ今夜も有難う」など数多くの映画に出演しています。
現在まで150本以上の映画に出演されているんですよ!すごいですよね。
「男はつらいよ」シリーズにも、マドンナとして出演されています。
浅丘ルリ子さんの演じたリリーは人気が高く4度も登場しているんですよ。
浅丘ルリ子さんは、寅さんをリリーと結婚させてほしい!と監督に何度もお願いしていたそうです。
ですが、渥美清さんが亡くなったため、寅さんを予定の50作まで製作することができずその夢はかなわなかったそうです。
渥美清さんを送る会で、浅丘ルリ子さんはリリーとして弔辞を読みました。
まとめ
浅丘ルリ子さんのプロフィールと若い頃の画像、代表的なドラマと映画について見てきました。
若い頃からとっても可愛かった浅丘ルリ子さん。70歳を過ぎた今でもおきれいですね。
日活の看板女優だったこともあり、現在まで150本以上の映画に出演しています。
最近では活動は控えめにはなっていますがまだまだ浅丘ルリ子さんの作品が見たいですよね!